東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)54号 判決
一 請求の原因一ないし三、四1(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない事実によれば、本願発明は、別紙第一目録記載の一般式(Ⅱ)で表わされる有機酸であるビス―クロモニル化合物を塩基で処理して同目録記載の一般式(Ⅰ)で表わされるビス―クロモニル塩を製造する方法であり、成立に争いのない甲第二号証の二によれば、右のビス―クロモニル塩について、本願明細書の発明の詳細な説明の項に、「本発明の目的とする塩は特に生理学的に許容し得る陽イオンとの塩、代表的にはアンモニウム塩、アルカリ金属塩(たとえばナトリウム、カリウムおよびリチウム塩)およびアルカリ土類金属塩(たとえばマグネシウムおよびカルシウム塩)のような金属塩および有機塩基との塩、たとえばピペリジン、トリエタノールアミンおよびジエチルアミノエチルアミン塩のようなアミン塩を包含する。」(同号証六頁末尾から六行ないし七頁二行)との記載があること、そして、造塩工程である「塩基で処理する」点については、一般的にこれを説明する格別の記載はなく、その実施例の記載においても特別な造塩反応についての例は存しないことが認められる。右事実によると、本願発明の造塩工程は造塩反応としてもつとも典型的な自明の中和反応を用いるものであつて、この造塩工程自体には技術的に何らの特徴も存しないといわざるを得ない。
ところで、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、一般に、酸について、「狭義には水溶液中で水素イオンを生じ、塩基を中和して塩を生ずるような物質」と定義されていることが認められ、これによれば、酸はその属性として塩を生成する性質を有するということができ、酸が存在すれば、それが新規な化合物であつても、その塩もまた存在するであろうことは、特段の事情のない限り、当業者にとつては当然に予測できることと認められる。これに反する原告の主張(請求原因四2(一)、(二))は右特段の事情を認めるに足りる証拠がないので採用できない。
そして、前掲甲第二号証の二、成立に争いのない甲第三ないし第五号証によつて認められる補正後の本願明細書の記載をみると、その発明の詳細な説明の項には、「本発明の方法の出発物質である前記一般式(Ⅱ)のビス―クロモニル化合物、すなわちビス―(クロモン―2―カルボン酸)またはそのエステルはそれ自体新規化合物であり、それらは種々の方法で製造される。以下これらの酸またはエステルの代表的な製造法について説明する。」(甲第二号証の二の一二頁四行ないし九行)として、詳細にその製造法を開示し、また、実施例において、それを具体化した例が記載されていることが認められ、このことと前記認定の事実を総合すれば、本願明細書において開示されている発明として実質的に意義があるのは、発明の詳細な説明の項に記載されているビス―クロモニル化合物の製造工程であり(明細書にこれが開示されている以上、出願人が明細書に記載した主観的な意図は関係ないから、原告の請求原因四2(四)の主張は採用できない。)、特許請求の範囲に記載された造塩工程は、右のビス―クロモニル化合物の製造工程に付随してのみ発明として意義があるものとみるのが相当である。
そして、前記補正後の本願明細書に開示された右のビス―クロモニル化合物の製造法とその塩の製造法を別紙第二目録記載の原出願の特許請求の範囲第一項の発明と対比すると、前者が後者に包含されることが明らかであり、結局、両者は同一発明といわざるを得ない。(両者は技術的範囲を異にするから同一発明ではないという原告の主張((請求原因四1(三)))は、右に述べたところから明らかなとおり、失当であるから採用できない。)
三 原告は、本願発明の目的物質であるビス―クロモニル塩は、その原料であるカルボン酸の形のビス―クロモニル化合物とは違い、気管支吸入のできる抗アレルギー剤として使用できるという顕著な作用効果を有するのであるから、本願発明における造塩工程には技術的意義がある旨主張する。
しかしながら、本願発明における目的物質であるビス―クロモニル塩が原出願発明の目的物質であるビス―クロモニル化合物の官能性誘導体としての塩と同一物質であることは前記二で述べたことから明らかであり、成立に争いのない甲第七号証によれば、原出願明細書の発明の詳細な説明中には、原出願発明によつて得られる新規ビス―クロモニル化合物が外因性アレルギー喘息の処置にきわめて価値のあるものであり、内因性喘息の処置にも価値あるものであることその他右化合物が持つ医薬用物質としての有用性を説明した箇所において、「本発明によつて製造される新規ビス―クロモニル化合物は、好ましくはその塩の形で医薬用として許容し得る担体または希釈剤と配合した医薬用組成物に調製し得る。かかる組成物の性質および担体または希釈剤の種類は勿論所望の投与法、すなわち経口的、非経口的投与または吸入法等の別によつて決まるであろう。一般に喘息の処置に対する組成物は吸入による投与に適する形をとるだろう。したがつて組成物は慣用の噴霧器によつて投与するために活性成分の水中懸濁液もしくは溶液の形をとり得る。」(同号証六欄三一行ないし四一行)との記載があり、ビス―クロモニル塩が気管支吸入のできる抗アレルギー剤としての使用に適することは、すでに原出願明細書において明らかにされていたのであるから、原告の右主張は失当である。
四 以上のとおり、本願発明は原出願発明と同一発明であるといわざるを得ず、請求の原因四において原告の主張する審決を取消すべき事由はいずれも失当である。したがつて、右と同じ認定に基づいて本願は特許法三九条一項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断に違法な点はない。
五 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件に関する目録は左のとおりである。
第一目録
一般式:
<省略>
(式中、R1、R2およびXはそれぞれ後記の意義を有し;R3は水素原子またはアルキル基を表わす)のビス―クロモニル化合物を塩基で処理することからなる一般式:
<省略>
(式中、R1およびR2は同一でも異なつてもよくかつそれぞれ水素もしくはハロゲン原子またはヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ―もしくはヒドロキシ―置換アルキル基またはヒドロキシアルコキシ基を表わし;Xは一個の炭素環もしくはジオキサン環によつて、あるいは一個もしくはそれ以上の酸素原子もしくはカルボニル基によつて中断され得る飽和もしくは不飽和、非置換もしくはヒドロキシ―、アルコキシ―、ハロゲン―もしくはアルキル―置換、そして直鎖もしくは分枝鎖である炭化水素鎖を表わし;Qは塩形成性陽イオンを表わす)のビス―クロモニル塩の製造法。
第二目録
原出願明細書の特許請求の範囲
1 一般式:
<省略>
〔式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6およびXは後記の意義を有し;Zは水酸基または基―OC(W)=CH―COOR(ただしRは水素原子またはアルキル基を表わす)を表わし;Yは水素原子、基―COCH3、―COOR´―COCH2―COCOOR´(ただしR´はアルキル基を表わす)、―CO―CH=CH―COOR(ただしRは前記の意義を有する)または―COCH2―CO―CH=CHAr(ただしArはアリール基を表わす)を表わすか、あるいはYおよびZは一緒に鎖―CO―CH=C(W)―O―または鎖―CO―CH2―CH(W)―O―(式中Wはカルボキシル基もしくはその官能性誘導体鎖またはメチル、ヒドロキシメチル、ハロメチル、ホルミル、アセチル、スチリルもしくはシアノ基を表わす)を形成し;Y´およびZ´は両者が一緒に鎖CO―CH=C(COOH)―O―またはその官能性誘導体鎖を表わす場合を除いて前記YおよびZと同じ意義を有する〕の化合物をそれ自体公知の方法で処理して基YおよびZならびにY´およびZ´を式:
―CO―CH=C(COOH)―O―の鎖またはその官能性誘導体鎖に転化せしめることを特徴とする一般式:
<省略>
〔式中、R1、R2、R3、R4、R5およびR6は同一でも異なつてもよく、かつそれぞれ水素原子もしくはハロゲン原子またはヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ―もしくはヒドロキシ―置換アルキル基またはヒドロキシアルコキシ基を表わし;Xは一個の炭素環もしくはジオキサン環によつて、あるいは一個もしくはそれ以上の酸素原子もしくはカルボニル基によつて中断され得る飽和もしくは不飽和、非置換もしくはヒドロキシ―、アルコキシ―、ハロゲン―もしくはアルキル―置換そして直鎖もしくは分枝鎖である炭化水素鎖を表わす〕のビス―クロモニル化合物およびその官能性誘導体の製造法。
2 (a)一般式:
<省略>
の化合物、(b)一般式:
<省略>
の合化物および(c)一般式:
A―X´―B
の化合物〔式中、R1、R2、R3、R4、R5、およびR6は後記の意義を有し;Zは水酸基または基―CO(W)=CH―COOR(ただしRは水素原子またはアルキル基を表わす)を表わし;Yは水素原子、基―COCH3、COOR´―COCH2―COCOOR´(ただしR´はアルキル基を表わす)、―CO―CH=CH―COOR(ただしRは前記の意義を有する)または―COCH2―CO―CH=CHAr(ただしArはアリール基を表わす)を表わすか、あるいはYおよびZは一緒に鎖―CO―CH=C(W)―O―または―CO―CH2―CH(W)―O―(式中Wはカルボキシル基もしくはその官能性誘導体鎖またはメチル、ヒドロキシメチル、ハロメチル、ホルミル、アセチル、スチリルもしくはシアノ基を表わす)を形成し;Y´およびZ´は両者が一緒に鎖―CO―CH=C(COOH―O―またはその官能性誘導体鎖を表わす場合を除いて前記YおよびZと同じ意義を有し:AおよびBは同一でも異なつてもよく、かつそれぞれハロゲン原子、トシレート基、メタンスルホネート基のような陰イオン形成性基またはエボキシドもしくはハロヒドリン基を表わすかあるいはAおよびBの一方は水酸基またはビニル基を表わし;X´は一個の炭素環またはジオキサン環によつて、あるいは一個もしくはそれ以上の酸素原子もしくはカルボニル基によつて中断され得る飽和もしくは不飽和、非置換もしくはヒドロキシ―、アルコキシ―、ハロゲン―もしくはアルキル―置換そして直鎖もしくは分枝鎖である炭化水素鎖を表わす)を一またはそれ以上の段階で反応させて、一般式:
<省略>
(式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6およびXはそれぞれ後記の意義を有し、Y、Z、Y´およびZ´はそれぞれ前記の意義を有する)の化合物を形成させ、そして得られる化合物の基YおよびZならびにY´およびZ´をそれ自体公知の方法で式:
―CO―CH=C(COOH)―O―鎖またはその官能性誘導体鎖に転化せしめることを特徴とする一般式:
<省略>
〔式中、R1、R2、R3、R4、およびR6は同一でも異なつてもよく、かつそれぞれ水素原子もしくはハロゲン原子またはヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ―もしくはヒドロキシ―置換アルキル基またはヒドロキシアルコキシ基を表わし;Xは一個の炭素環もしくはジオキサン環によつて、あるいは一個もしくはそれ以上の酸素原子もしくはカルボニル基によつて中断され得る飽和もしくは不飽和、非置換もしくはヒドロキシ―、アルコキシ―、ハロゲン―もしくはアルキル―置換そして直鎖もしくは分枝鎖である炭化水素鎖を表わす〕のビス―クロモニル化合物およびその官能性誘導体の製造法。
3 (a)一般式:
<省略>
の化合物、(b)一般式:
<省略>
の化合物および(c)式:
<省略>
の三・三―ビス(クロロメチル)オキセタン〔式中R1、R2、R3、R4、R5およびR6は後記の意義を有し、Zは水酸基または基―OC(W)=CH―COOR(ただしRは水素原子またはアルキル基を表わす)を表わし、Yは水素原子、基―COCH3、COOR´、―COCH2―COCOOR´(ただしR´はアルキル基を表わす)、―CO―CH=CH―COOR(ただしRは前記の意義を有する)または―COCH2―COCH=CHAr(ただしArはアリール基を表わす)を表わすか、あるいはYおよびZは一緒に鎖―CO―CH=C(W)―O―または鎖―CO―CH2―CH(W)―O―(式中Wはカルボキシル基もしくはその官能性誘導体基またはメチル、ヒドロキシメチル、ハロメチル、ホルミル、アセチル、ビニル、スチリルもしくはシアノ基を表わす)を形成し、Y´およびZ´は両者が一緒に鎖―CO―CH=C(COOH)―O―またはその官能性誘導体を表わす場合を除いて前記YおよびZと同じ意義を有する〕を一またはそれ以上の段階で反応させて一般式:
<省略>
の化合物を形成させ、そして得られる化合物を濃塩酸で処理して一般式:
<省略>
の化合物を形成させ、そして得られる化合物の基YおよびZならびにY´およびZ´をそれ自体公知の方法で式:―CO―CH=C(COOH―O―鎖またはその官能性誘導体鎖に転化せしめることを特徴とする一般式:
<省略>
(式中、R1、R2、R3、R4、R5およびR6は同一でも異なつてもよく、かつそれぞれ水素原子もしくはハロゲン原子またはヒドロキシ基、アルキル基、アルコキシ基、アルコキシ―もしくはヒドロキシ―置換アルキル基またはヒドロキシアルコキシ基を表わす)のビス―クロモニル化合物およびその官能性誘導体の製造法。